■加藤山羊について■

 

2001年の春、漫画家を目指していた 野良ヤギ(自己チュー・無職)が、
自分でストーリーを考えるのが面倒になり、当時スーパーで正社員として
働いていた
家ヤギ(空想好き・気持ち悪い)に 「お前暇だろう。何か話作れ」
と言ったことにより、こういうことになった。
“加藤山羊”は、この2人の合同ペンネーム。

2001年9月、初めて加藤山羊の名前で小学館の新人賞に応募。
ジャンルはギャグで、タイトルは「イヌババー」。
あっさり落選したが、なぜか担当の人が付いてくれる。

2002年4月、『スピリッツ増刊 新僧6号』に“加藤蟹郎”という
名前(何となく変えてみた)でギャグ漫画「合コン地獄変」が載る。
これが初掲載。アンケートの結果は17作中3位。

2002年8月、『スピリッツ増刊 漫戦』に「合コン地獄変」の
続編が載る。アンケートの結果は
最下位。
それ以降は全く雑誌に載る予定が無いままネームを持ち込み続けることになる。

2004年1月、スピリッツの担当者に「投稿からやり直してみない?」と
ソフトにクビを宣告され、その後色んな出版社を回るがイマイチ相手にされず。
この頃からペンネームを“加藤山羊”に戻すが特に良いことは無かった。

2004年7月、未練がましくスピリッツ賞に応募したストーリー漫画
「天使の穴」が
奨励賞に引っ掛かり、再びネームの持ち込みを始める。
平行して他の出版社への持ち込みも続ける。

2005年1月、双葉社の『漫画アクション』にギャグ漫画
「合コン男塾」が掲載される。

2005年8月、小学館の『スピリッツCasual』にホラー漫画
「山童」が掲載される。

2005年11月、幻冬舎の『コミックバーズ』にストーリー漫画
「咎の糸」が掲載される。

2006年5月、小学館の『スピリッツCasual』にストーリー漫画
「イノセントブローカー」が掲載される。

2006年8月、小学館の『スピリッツCasual』にストーリー漫画
「ランニングドリーマーズ」が掲載される。

2007年5月、小学館の『スピリッツCasual』にてストーリー漫画
「イノセントブローカー」の
連載を始める。

2008年5月、「イノセントブローカー」の連載が終わる。
次回作の企画を練るが会議に通らず、別媒体の枠に何とか潜り込ませて
貰えそう・・・という話が決まった直後に
担当さんが異動になる。

2008年7月、次の担当編集者も決まっておらず、次回作の連載の話が
まだ生きているのかどうかよくわからないとっても不安な状況の中、
初めての単行本『イノセントブローカー』が発売される。

2008年8月、無事に新しい担当さんが決まり、地味に次回作のネームに
取り組んでいると、何でそんなことが起きたのか全く分からないが、突然
31日付の
朝日新聞に単行本『イノセントブローカー』の書評が載り、
あまりにも身分不相応な扱いに腰が引けながら大喜びする。

2008年12月、『このマンガがすごい! 2009』(宝島社)で
『イノセントブローカー』がオトコ編の28位となる。
物凄く嬉しかったが、
まだ単行本1冊目なのにそんなことになって、ここが漫画家人生の
ピークだったらどうしようと心配になってくる。

・・・現在に至る(次の連載は2009年春から始まる予定です。現在執筆中)。

 

■家ヤギについて■

 

1976年12月4日、青森市に生まれる。

地元の大学を卒業後、総合スーパーに就職。

2年半で退職したのち、携帯ショップ店員・

派遣労働者・校正者を経て漫画原作者になる。

2001年に結婚。上から4歳・2歳・0歳の

3人の子供がいる。

中学時代は文芸クラブに所属。ひたすら短歌を

作ることに打ち込む。友達は居なかった。

以降、あまり友達のいない人生を歩んできたが、

最近子供が出来たおかげで公園で顔を合わせる

お母さん達とメアド交換を果たし、一方的に

彼女達を親友だと思い始めている。

このサイトの管理人です。

■野良ヤギについて■

 

1979年6月18日、青森市に生まれる。

静岡の大学を卒業後、派遣労働者として

働きながら漫画の持ち込みを続け、その後

漫画家のアシスタントを経て漫画家になる。

2006年に結婚。2008年2月に第1子が

誕生したばかり。

高校時代は柔道でインターハイに出場。

最近また近所の道場に通い始めたが、完全に

体力が衰えているため年下の乱取り相手に

投げ込みのような勢いで投げられまくり、

「あいつ(女子中学生)を倒すまで道場に

通い続ける」と闘志を燃やしている。

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